東京高等裁判所 昭和44年(行コ)12号 判決
主文
本件各控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実《省略》
理由
第一、本案前の主張について。
一、当裁判所も、本件事業認定及び土地細目の公告は取消訴訟の対象となる行政処分であり、また、被控訴人は本件各行政処分の取消を求める訴の利益を有するものであつて、これらの点に関する控訴人らの主張(控訴人らの本案前の抗弁一及び二)は理由がないと判断するものであるが、その理由は、左に付加するほか、原判決が四二丁表一一行目から四五丁裏一〇行目までに説示するところと同一であるから、これを引用する。
「なお、控訴人らは、本件事業の認定及び土地細目の公告によつて被控訴人は形質変更禁止の制限をうけるが、これは本来権利に内在する制限にすぎず、このような制限は法律上保護された利益の侵害とはいえない旨主張するけれども、右の形質変更の禁止は、土地収用法が、収用にかかる事業と収用手続の円滑な遂行に障害が生ずるのを防止するため、特に認めた効果であつて、被控訴人の権利(本件においては、前記引用にかかる部分において判断したとおり、本件土地の所有権である。)がその性質上最初からそのような制約を内在しているものとは考えられず、被控訴人はこの形質変更の禁止によつて、その権利(所有権)の行使を制限されるものであるから、被控訴人が訴の利益を有することはいうまでもない。この主張も理由がなく採用できない。」
二、控訴人らは、更に、被控訴人らが本件事業認定及び土地細目の公告の取消訴訟にあわせて本件収用裁決の取消を訴求することは、二重訴訟を追行することとなり、そうでなくとも、いずれか一方の訴訟は訴訟追行の具体的利益を欠くに至つたものと解すべきである、と主張する。
しかし、以上の三つの行政処分は、一連の手続の一環をなす処分とはいえ、それぞれその主体、要件及び効果をことにするものであるばかりでなく、本件においてはこの三つの処分に共通な違法事由のほかに、各別の違法事由もまた主張されているのであるから、本件における事業認定、土地細目公告取消の訴(これが原裁判所昭和三九年(行ウ)第四号事件である。)と収用裁決取消の訴(これは同昭和四二年(行ウ)第二号事件である。)とが、控訴人らのいうように、二重訴訟となるいわれはないのであつて、右主張のうち二重訴訟であることを前提とする部分は理由がない。
つぎに、収用裁決は、前記一連の手続における最終処分であるから、その取消しを求める訴を提起した以上、もはや同一の違法事由を主張してこれに先行する処分の取消しを求める訴の利益は通常は認め難いものというべきである。しかし、本件のように、まず先行処分である事業認定、土地細目の公告の取消を求める訴が提起され、その係属中に収用裁決がなされたため、その取消を求める訴が更に提起されたときは、前段に述べたとおり前記三個の処分はそれぞれ相異なるものであること、その違法事由として共通のもののほか各別の違法事由もまた主張されていること及び前記引用にかかる原判決が判示するとおり、事業認定処分及び土地細目の公告処分もそれぞれ独立して取消訴訟の対象たる行政処分であることを考えると、最終処分である収用裁決の取消を求める訴が提起され(なお、本件においては、この訴は、先行処分の取消を求める訴と併合されていることは記録上明らかである。)たという一事によつて、直ちに先行処分の取消しを求める訴はその利益を失なうものというのは相当ではなく、しかも各個の処分の取消しを求める請求のそれぞれについて判断を示すことは、行訴法三三条に規定する裁判の効力を明確にするうえにおいても有用であるから、本件において収用裁決の取消しを求める訴が提起され(しかもそれが前記のとおり併合され)たからといつて、これを理由に先行処分である事業認定及び土地細目の公告の取消しを求める訴につき、被控訴人の訴の利益を否定すべきいわれはないというべきである。
従つて、控訴人らのこの主張も理由がなく採用できない。
第二、本案について。
一、被控訴人主張の請求原因第一の事実はすべて当事者間に争いがない。
二、土地収用手続のように、一連の処分からなる手続を経てはじめて終局的な効果を生ずる場合には、先行の行政処分が適法に行なわれることが、後続する処分の要件をなし、先行処分に瑕疵があつて違法であるときは、後続の処分は当然に違法となるものというべきであるから、本件においては、最も先行する行政処分である本件事業認定について、まず判断するのが相当である。
そうして、被控訴人は原審及び当審において本件事業認定の違法事由として種々の主張をしているが、そのうち「本件事業計画は、土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものとはいいがたいから、本件事業認定は、土地収用法第二条、第二〇条第三号に違反する。」との主張が最も基本的な違法事由の主張と考えられるので、当裁判所はまずこの主張について判断することとする。
ところで、土地収用法は「公共の利益の増進と私有財産の調整をはかり、もつて国土の適正且つ合理的な利用」を目的とする(同法一条参照)ものであるが、この法の目的に照らして考えると、同法二〇条三号所定の「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること」という要件は、その土地がその事業の用に供されることによつて得らるべき公共の利益と、その土地がその事業の用に供されることによつて失なわれる利益(この利益は私的なもののみならず、時としては公共の利益をも含むものである。)とを比較衡量した結果前者が後者に優越すると認められる場合に存在するものであると解するのが相当である。そうして、控訴人建設大臣の、この要件の存否についての判断は、具体的には本件事業認定にかかる事業計画の内容、右事業計画が達成されることによつてもたらされるべき公共の利益、右事業計画策定及び本件事業認定に至るまでの経緯、右事業計画において収用の対象とされている本件土地の状況、その有する私的ないし公共的価値等の諸要素、諸価値の比較考量に基づく総合判断として行なわるべきものと考えられるので、以下これらの点について順次検討を加える。
1 まず本件事業計画の内容であるが、この点について当裁判所が認定するところは、原判決が五六丁裏九行目から五八丁表三行目までに認定説示するところと同一であるから、これを引用する。
2 それでは、この事業計画の実施がどのような公共の利益をもたらすべきものであろうか。
(一) <証拠>によると、本件事業認定にあたり起業者栃木県知事は、控訴人建設大臣に提出した事業認定申請書及びこれに添付の事業計画書において、「本件土地付近は、日光国立公園の入口に位置し、近時、観光施設が整備されて交通量が急激に増大したうえに、県境金精有料道路の開通等による奥地資源の開発および東京オリンピックの開催とあいまつて、ますます交通量が増加することが予想される。しかるに、本件土地付近の道幅は5.7メートルと狭少であるうえ、加えて線形が悪く、歩車道の区別のない混合交通の状態にあるため、交通の支障は著しく、観光日光の大ネックとなつている。そこで、今回、本件事業計画によつて該道路が拡幅されれば、これによつて一日一五、八〇〇台の自動車交通が可能となり、歩道の設置による混合交通の解消・事故の防止・所要時間の短縮等、産業経済上並びに観光上受ける利益は極めて大なるものがある。」と述べていることが認められるが、これによれば起業者県知事が本件事業によつて意図したところは、現在及び将来の交通量増加に対処して、交通渋滞を緩和し、交通の安全と人的物的損害の防止をはかるため、本件道路を拡幅しようとするにあることが明らかである。
(二) そうして、本件事業計画が果して起業者が意図したような必要性及び公共性を持つているかどうかについての当裁判所の認定判断は、原判決が五九丁表一行目から六七丁裏六行目までに説示するところと同一である(なお、当審における検証の結果はこの認定判断をますます強固ならしめるものである。)から、これを引用する。
3 つぎに本件事業計画策定及び本件事業認定に至るまでの経緯であるが、この点についての当裁判所の認定は、左記のとおり一部付加訂正するほかは、原判決が六七丁裏七行目から七四丁表八行目までに認定するところと同一であるから、これを引用する(なお、上記引用にかかる部分中に、「前記認定」とか「前述の」等とあるのは、いずれも、前記2(二)において引用にかかる部分を指すものである。)。
原判決六九丁表四行目から同丁裏四行目までを次のとおりあらためる。
「ところで昭和二九年に至り、太郎杉を含む杉群の一部を伐採して道路を拡幅し、軌道をつけかえることが再び計画、提唱され、同年七月二三日被控訴人、日光市、東武鉄道、等関係者の間に、杉群の伐採、道路の拡幅等に関し覚書(乙第四号証の一、二)が作成され、被控訴人を代表して宮司古川左京もこれに調印したが、その後被控訴人東照宮においては意をひるがえし、文部省、厚生省等に対し陳情書を提出し、右覚書による地形変更に反対するに至つた。」
4 最後に本件土地の状況、その有する価値ないし利益について検討する。
(一) 本件土地が、昭和九年一二月四日、内務省告示第五六九号によつて日光国立公園に指定され、かつ、昭和二八年一二月二二日、厚生省告示第三九四号をもつて、当時の国立公園法第八条の二第一項により、国立公園日光山内特別保護地区に指定された区域の一部に属していることは、当事者間に争いがない。そうして右の地区は、自然公園法附則3、4、5項により現行の自然公園法に基いて指定された国立公園日光山内特別保護地区とみなされるものであるが、成立に争いのない甲第一三号証によると日光山内特別保護地区は、「東照宮・二荒山神社本宮および別宮・輪王寺・輪王寺大猷院霊廟の各境内および神橋並びに背後の森林一帯」をその区域とするものであり、かかる区域を特別保護地区に指定した理由は、「本地区は、東照宮・二荒山神社本宮および別宮・輪王寺・大猷院霊廟・神橋等を含む一帯で、比較的狭い自然の地形に制約されながらも、地形を巧みに利用し、江戸時代初期の文化の精粋を集めて豪華絢爛たる建造物群を建設して、大自然と人工とを混然一体とせしめた稀にみる地区であり、従つて、万民偕楽の地として、大いに世人に親しまれて国立公園利用上重要なものであり、又、建築・美術・工芸等学術上からも永久に保存保護されなければならない地区である。」からであると認められる。
ところで、自然公園法によると、国立公園とは、「わが国の風景を代表するに足りる傑出した自然の風景地であつて、厚生大臣が自然公園審議会の意見を聞いて指定するもの」をいい(同法二条二号)、厚生大臣は、「国立公園の風致を維持するため、公園計画に基いて、その区域内に特別地域を指定することができ」(同法一七条一項)、さらに、「国立公園の景観を維持するため、特に必要があるときは、公園計画に基いて、特別地域内に特別保護地区を指定することができる」(同法一八条一項)とされているが、これによれば、特別保護地区とは、わが国の風景を代表するに足りる傑出した自然の風景地の中から、特に風致、景観を維持する必要があるとして指定された地区であるというべきである。そうして成立に争いのない甲第九号証(厚生省国立公園部作成にかかるパンフレット)によると、特別保護地区の概念および所管行政庁におけるその取扱方針について、つぎのように述べられていることが認められる。すなわち、「特別保護地区は、国立公園の主眼とする自然風景保護の観点から、自然公園区域内の極めて限定された最高の素質を保有する部分において、最も厳正な保存を図るため、必要な措置を講ずべき地区であり、国立公園のエッセンスともいうべき部分である。従つて、特別保護地区は、国立公園区域中でも、何らかの意味で、特に傑出した景観又は特異な事物を保有する部分であつて、それを構成する環境との一体性において保存を図るべきものである。さらにまた、長い歴史を有する我が国においては、貴重な人文的景観が国立公園を特徴づけている場合が多いので、その貴重なものについてはそれを抱擁する地域として保存を図らなければならないものがある。」従つて、「特別保護地区内においては、このような景観を維持するために、強い法的制限が課せられ」ており、その主旨とするところは、「特別地域の如く、産業開発等と協調的なものでなく、国民の貴重な文化財として、限られた優れた自然景観を、人為的作為を加えることなく、厳正に原状を保護保存すること……即ち、可及的自然の推移にまかせて、人為的な作為による改変を施さないもので、従つて、森林の経済的経営を行なわず、鉱業および水力発電の開発並びに開拓を実施しないことは勿論、その他原状を改変する行為はさ細なものであつても、極力認めない方針をとる。」と述べられている。
(二) そうして本件土地付近の人文、景観及び本件土地付近に存する史実、伝説についての当裁判所の認定は、原判決が七七丁裏五行目から八〇丁裏一〇行目までに説示するとおりである(なお、<反証排斥略>)から、これを引用する。
つぎに、日光杉並木街道が特別史蹟及び特別天然記念物に指定されたいきさつは、原判決が八一丁表二行目から同丁裏八行目までに認定するとおりであつて、当裁判所もこれを引用するが、本件土地上の太郎杉を含む杉群が右の指定の対象に含まれていないことは弁論の全趣旨によつて明らかである。しかし、右引用にかかる部分に掲記の各証拠(原判決八一丁表二行目から四行目に記載のもの。)に弁論の全趣旨を総合すると、本件土地上に成育する一五本の巨杉群は、いずれも本件道路に沿つてほぼ並列的に成育し、かつ、右は、本件土地の西側に接する東照宮表参道の両側に同様に並列的に成育している巨杉群に連なつていること、本件土地の東側には、日光杉並木街道寄進の碑が建立されており、同碑によると、右杉並木は日光山山管橋(即ち神橋)付近から植栽されていることがうかがわれ、これらの事実に前記日光杉並木街道の歴史を総合して判断すれば、本件土地上に成育する巨杉群は、日光杉並木街道のそれと時を同じくして植裁されたもの(但し太郎杉についてはそれ以前から成育していたものとみるべきである。)であつて、日光杉並木街道の出発点にあたるとする見解もそれ相応の理由があるものというべきであり、仮りにこの見解が厳密な歴史的、学術的考証にたえるものではないとしても、少なくとも一般国民の意識の上では、その史的・文化的価値の点で、特別史跡、特別天然記念物としての日光杉並木街道のそれと同じ程度の価値を有するものと評価されていると認めることができる。
三以上認定の事実を基礎として本件事業計画が土地収用法二〇条三号にいう「土地の適正かつ合理的な利用に寄与するもの」と認められるべきかどうかについての、控訴人建設大臣の判断の適否につき考察する。
控訴人建設大臣が、この点の判断をするについて、或る範囲において裁量判断の余地が認めらるべきことは、当裁判所もこれを認めるに吝かではない。しかし、この点の判断が前認定のような諸要素、諸価値の比較考量に基づき行なわるべきものである以上、同控訴人がこの点の判断をするにあたり、本来最も重視すべき諸要素、諸価値を不当、安易に軽視し、その結果当然尽すべき考慮を尽さず、または本来考慮に容れるべきでない事項を考慮に容れもしくは本来過大に評価すべきでない事項を過重に評価し、これらのことにより同控訴人のこの点に関する判断が左右されたものと認められる場合には、同控訴人の右判断は、とりもなおさず裁量判断の方法ないしその過程に誤りがあるものとして、違法となるものと解するのが相当である。この見地から考えてみる。
1 既に認定したとおり、本件事業計画は、計画策定当時存在し、かつ将来も存続すると予測される交通量の増加に対処するため、国道一二〇号の本件事業計画にかかる部分(以下本件道路という。)を拡幅することを目的とするものであるが、この計画実現の暁においては、本件道路付近における交通渋滞が緩和され、交通の安全と人的物的な損害の防止がはかられ得るものと認められるから、本件事業計画がそれ自体公共性を有していることは明らかである。
しかし、他方、本件土地付近は、国の重要文化財たる朱塗の神橋および御旅所の社等の人工美と、これをとりまく欝蒼たる巨杉群や闊葉樹林帯および大谷川の清流等の自然美とが、渾然一体となつて作り出す荘重・優美な景観の地として、国立公園のエッセンスともいうべき特別保護地区に指定された地域に属するうえ、この土地付近は、日光発祥の地としての史実・伝説を有し、宗教的にも由緒深い地域であるのみならず、太郎杉を初めとする本件土地上の巨杉群は、特別史跡・特別天然記念物として指定されている日光杉並木街道のそれと同じ程度の文化的価値を有するものと一般国民に意識され評価されていることはさきに認定したとおりである。かように本件土地付近が国立公園区域内の特別保護地区に指定されている趣旨から考えても、その風致・景観は、国民にとつて貴重な文化的財産として、自然の推移による場合以外は、現状のままの状態が維持・保存さるべきであるとの見地の下に、最も厳正に現状の保護・保全が図らるべきことは当然である。しかも、本件土地付近は、かような景観・風致上の価値に加えて、前述のような宗教的・歴史的・学術的価値をも同時に併有しており、それだけに、かけがいのない高度の文化価値を有しているものというべきである。そうして、このような文化的価値は、長い自然的、時間的推移を経て初めて作り出されるものであり、一たび人為的な作為が加えられれば、人間の創造力のみによつては、二度と元に復することは事実上不可能であることにかんがみれば、本件土地の所有権こそ被控訴人の私有に属するとはいえ、その景観的・風致的・宗教的・歴史的諸価値は、国民が等しく共有すべき文化的財産として、将来にわたり、長くその維持、保存が図らるべきものと解するのが相当である。
さらにそればかりでなく、本件土地付近は、国民憩いの場所ともいうべき日光国立公園の、いわば表玄関にあたる地域であつて、自然環境保全の見地から考えても、また観光資源保全の見地から考えても、できるかぎり静かな、自然のままの環境が保全さるべきことが望ましいことも、いうまでもないところである。
ところが、一旦、本件事業計画が実施されると、神橋正面に位置する丘陵部は相当程度削りとられ、これにあわせて、同地上に成育する太郎杉を初めとする一五本の巨杉群は伐採され、蛇王権現はその敷地を後方(北方)に後退させられることを余儀なくせられ、その跡地には、高さ三メートルおよび同五メートルの二段の石垣が長さ約四〇メートルにわたつて構築され、巨杉群にとり囲まれていた御旅所の社も、前面の巨杉群が伐採される結果、直接にその姿を表わすに至り、かくては、本件土地付近の有する前記景観は著しく損われ、日光発祥の地としての史実・伝説を有する土地の地形は著しく変更されることは明らかである。もつとも、本件事業計画によると、工事後所要の修景がなされることになつてはいるが(修景計画とその内容については、原判決八九丁表四行目から同丁裏九行目までの認定をここに引用する。)、しかしその修景というのも所詮は人工にすぎないから、一旦生じた前記地形の変更や風致景観への影響を完全に消去し得るものとは認め難いところである。
そればかりではなく、本件道路の拡幅に伴なう自動車交通量の増加が環境の静謐を害し、必然的に、その荒廃、破壊をもたらすことも、当然、予測しうるところである。
2 してみると、控訴人建設大臣において、本件事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するという土地収用法二〇条三号所定の要件をみたすものと判断するためには、単に本件計画が前記のとおり本件国道一一九号および一二〇号の交通量増加に対処することを目的とする点において公共性を有するというだけでは足りず、それに加えて、本件計画がどうしてもそれによらざるを得ないと判断し得るだけの必要性、換言すれば、本件土地付近の有する前記のような景観、風致、文化的諸価値を犠牲にしてもなお本件計画を実施しなければならない必要性、ないしは環境の荒廃、破壊をかえりみず右計画を強行しなればならない必要性があることが肯定されなければならないというべきである。けだし、前記のようなかけがいのない景観、風致、文化的諸価値ないし環境の保全の要請は、国民が健康で文化的な生活を営む条件にかかわるものとして、行政の上においても、最大限度に尊重さるべきものであるからである。
ところが、本来、道路というものは、人間がその必要に応じて、自からの創造力によつては建設するものであるから、原則として、「費用と時間」をかけることによつて、「何時でも何処にでも」これを建設することは可能であり、従つて、それは代替性を有しているということができる。現に、起業者栃木県知事が、本件事業計画を立案するに際しては、右案(A案)の外に、B案・C案およびD案についてその得失を比較し、結局、事業費が最も安く、かつ工期が最も短くてすむうえに、工事が簡単であるとして、本件事業計画案(A案)を採用したものであることは、控訴人等の主張および前記認定に照らして明らかであり、このことは、本件事業計画案以外にも、より以上の時間と費用をかけることによつて、本件土地のもつ前記の諸価値を毀損することなく、その必要を満すに足りる道路を建設することが可能であることを示すものである。
もとより、これにかけるべき費用が無制限でありうるはずはなく、そこには、財源的におのずから一定の制約があることは当然であり、また時間的要素もまつたく無視さるべきでみるまい。しかし、起業者の算定によれば、右四案のうちで、最も事業費を要するのはC案の一三億五、一〇〇万円であり、右は、本件事業に要する四、三〇〇万円の約31.4倍に相当するところ、本件土地の有する前述のような文化的価値の保全のために、いくばくの費用が支出さるべきかは、本来、国民経済的観点から考慮すべきものであることを考えれば、右一三億円余りという金額は決して高価とは解されず、有料道路としてこれを建設することの可能性を考慮に容れれば、なおさら、経済的理由は、A案(本件事業計画)の実施を必要、やむをえないとすることの理由となるものではない。
また、本件土地付近の有する前記のようなかけがいのない諸価値ないし環境を保全するため適切、抜本的な対策を講ずるについて、数年ないし仮りに一〇年程度の日子を要するとしても、それはまた、やむをえないところというべきであり、その間交通安全のため差し迫つた対策が必要であるというならば、交通制限の実施もしくは被控訴人提案の桟道(歩行者用の、日光山内の一部を通り抜ける通路甲第四六号証の一ないし七参照。)の仮設等の方策により対処することも不可能とは考えられない。
控訴人らは、なお、C案は、大谷川右岸の景観を破壊する点でも難点がある上に、その実施上過去において既に実施中の都市計画路線の拡幅を必要とするため社会的影響が大きいこと、有料道路とすべき区間が短かいため有料道路としては採算がとれないこと等の理由からこれを実現することは不可能である、と主張する。しかし、仮りにそうだとしても、C案と同様の効用をもつバイパスの路線としては、C案が唯一のものとは考えられず、これと別個の路線を考えることによつて、右のような難点を解決することは、決して不可能ではないと考えられる。
いずれにしても、本件土地付近の有するかけがいのない前記諸価値ないし環境の保全の要請が行政の上においても最大限度に尊重さるべきものであるとの見地に立つて考えれば、A案以外の前記諸案に、それぞれ控訴人ら主張のような難点があるということだけで、ただちにA案(本件事業計画)の実施を必要、やむをえないものとすることは相当でなく、その実施を必要、やむをえないものとする起業者栃木県知事の見解を是認する控訴人建設大臣の判断は、ひつきよう、本件土地付近の有するかけがいのない諸価値ないし環境の保全という本来最も重視すべきことがらを不当、安易に軽視し、その結果、本件道路がかかえている交通事情を解決するための手段、方法の探究において、尽すべき考慮を尽さなかつという点で、その裁量判断の方法ないし過程に過誤があつたものというべきである。
3 控訴人らは、更に、国道一一九号および一二〇号(以下現道という。)を利用する自動車交通量の四七パーセントは日光山内の社寺および神橋の観光を目的とする車両ならびに本件道路を往復する業務用車両等であり、これらの自動車交通量はなお増加の傾向をたどつているので、仮りにC案その他のバイパスが建設されたとしても、本件事業計画にかかる拡幅事業の必要性は失なわれない、とも主張する。
しかし、前述のように、本件土地付近は、日光国立公園の表玄関にあたり、本来、できるかぎり自然のままの静かな環境が保存さるべきことが望ましい場所であるから、本件土地付近を通過する現道は、日光奥地の産業開発ないしは観光開発を目的とする道路路線としては、もともと、不適切なものであることは明らかである(前認定のように、昭和二九年八月一六日に開催された国立公園審議会の意見において、既に、このことが指摘されている。)。従つて、現道とは別個に日光奥地の産業開発ないしは観光開発の使命をもつ道路が建設さるべきことを前提とすれば(この前提に立つ場合には、現道は、主として、日光山内の社寺および神橋等の観光を目的とする道路としての性格を付与されることとなる。)、現道の拡幅事業が必要やむをえないものとされるかどうかは、右使命をもつ道路が現道とは別個に建設さるべきかどうかということとにらみ合わせて、かつ、本件土地付近のもつかけがいのない諸価値ないし環境保全の要請が最大限度に尊重さるべきものであるとの見地において、あらためて検討さるべきこととなるのは当然であり、そうなれば、本件土地付近については自動車交通を制限もしくは禁止し、これを遊歩道とすべきであるとの見解が有力となるべきことも、当然、予測されるところである(前記国立公園審議会の意見においても、この見解がとられている。)。けだし、現道が日光山内の社寺、神橋等の観光を主目的とする道路であることを前提とすれば、観光目的のための道路の整備拡充のために、肝心の観光資源自体を破壊することの愚挙であることは、何人の目にも明らかであるからである。かように、日光奥地の産業開発ないし観光開発の使命をもつ道路が現道とは別個に建設さるべきことを前提として、現道拡幅事業の必要性の有無を考える場合と、現道が日光奥地に通ずる唯一の幹線道路であることを前提として右拡幅事業の必要性の有無を考える場合とでは、採らるべき結論が異なる可能性がある以上、控訴人建設大臣としては、本件事業認定をする際において、既に、関係行政庁とも十分協議した上、近い将来日光奥地の産業開発ないし観光開発の使命をもつ道路が現道とは別個に建設さるべきかどうかにつき明確な方針、計画を策定した上で、この計画とにらみ合わせて、かつ、本件土地のもつかけがいのない前記諸価値ないし環境の保全の要請を最大限度に尊重する見地に立つて、本件事業計画の必要性の有無を十分慎重に判断すべきであつたといわねばならない。してみると、控訴人建設大臣がこの点につきなんら明確な方針、計画をもつことなく、漫然、日光奥地に通ずる道路が別個に建設さるべきかどうかにかかわらず現道拡幅事業の必要性が是認さるべきものと判断したのは、とりもなおさず、本件土地付近のもつ前記のようなかけがいのない諸価値ないしは環境の保全という、本来最も重視すべきことがらを、不当、安易に軽視し、その結果、右諸価値ないし環境の保全の要請と自動車道路の整備拡充の必要性とをいかにして調和さすべきかについての手段、方法の探究において、当然尽すべき考慮を尽さなかつたという点で、その裁量判断の過程に過誤があつたものと認めざるをえない。
なお、被控訴人は、本件処分後である昭和四五年五月一日、日本道路公団において「日光・宇都宮道路」(東北縦貫道路の宇都宮インターチェンジを起点として日光市清滝桜が丘町を終点とする有料道路)の建設計画(昭和五〇年完成予定)を発表し(以上の事実は、控訴人らにおいて完成予定日を昭和五一年三月三一日と主張するほかは、当事者間に争いがないところである。)、右計画はその後年を追うて着々実行、進捗されている(この事実は、控訴人らにおいて明らかに争わないところである。)ところ、右「日光・宇都宮道路はC案と同様の効用をもつものであるから、右道路計画の実現が確定的となつた現在、A案(すなわち本件事業計画)を固持する根拠は失なわれた、と主張する。
しかし、行政処分の適否は、処分当時を基準として判定さるべきものである(昭和二七年一月二五日最高裁第二小法廷判決、民集六巻一号二二頁、昭和三五年九月一五日同第一小法廷判決、民集一四巻一一号二一九〇頁等)から、被控訴人の右主張の趣旨が「『日光・宇都宮道路』の建設計画の確定という処分後の事情により控訴人建設大臣の本件事業限定処分が当然に違法となつた」、との趣旨であるならば、当裁判所はこの見解に左袒することができない。しかしながら、右の事情は、本件土地付近のもつかけがいのない文化的価値ないしは環境の保全の要請と自動車道路の整備拡充の必要性とを調和させる手段、方法が決して前記諸案に限定されるものでないことを示すとともに、控訴人建設大臣においても、本件処分当時において、既に、数年ないし一〇年程度の将来において「日光・宇都宮道路」のような道路の建設(少くともその計画の樹立)が必要となるべきことにつき明確な見透しと方針を定め、この計画との関連において現道拡幅事業の必要性の有無を判断すべきものであつたことを示唆するものというべきであり、その意味において、右の事情は、本項及び前項の判断を支持する間接事情と目することができる。
4 既に認定したとおり、起業者栃木県知事が本件事業認定の申請にあたり、右事業計画にかかる拡幅事業の必要性を理由づける事由の一つとして、オリンピックの開催に伴なう交通量増加の予想ということを挙げていることと、控訴人建設大臣が右必要性を理由づける事由の一つとして前記A案(本件事業計画)が工期が最も短かいことを主張していること等から推して、オリンピックの開催に伴なう外人観光客による自動車交通量増加の予想ということが、控訴人建設大臣が本件事業計画をもつて土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものと判断するにつき、その一つの原因となつたものと推認することができる。
しかし、本件土地付近のもつ前記のようなかけがいのない諸価値ないしはそのもつすぐれた環境が国民共有の財産として、長く将来にわたり保全さるべきことにかんがみれば、オリンピックの開催に伴なう一時的な自動車交通量増加の予想というような、目前、臨時の事象は、本件事業計画が土地の利用上適正かつ合理的なものと認められるべきかどうかの判断にあたつては、本来、考慮に容れるべきことがらではなかつたというべきである。
5 更に、本件事業計画の確定に先立つて昭和三九年三月一九日に開催された自然公園審議会において、本件道路の拡幅のために、本件土地付近の形質、風致、景観等の現状に変更を加えることの可否が審議され、杉等の伐採は最少限度に止めること、所要の修景を施すこと等の条件の下にこれが可決されたことは既に認定したとおりであり、当審証人吉村清英の証言及び弁論の全趣旨によると、右審議会においても前記AないしDの四案の利害得失が検討されたうえ、A案が採られるに至つたことが認められる。しかし、右決議のなされた当時においては、既に認定したとおり、本件土地付近は前年である昭和三八年三月の暴風による倒木等の被害がなお癒えておらず、景観は荒廃し、本件土地上の杉群の樹勢もおとろえていた状況にあつたのであるが、この状況を現認した審議会の構成員の大多数によつて(審議会の委員が本件土地付近を見分したことは前示吉村証人の証言からうかがい知られる。)、本件土地付近の状況は将来もおそらく右のような状態であろうと推測されたことが審議会の前記結論、ひいてはこの結論を尊重してなされたものと認められる控訴人建設大臣の判断にかなりの影響を及ぼしたものと推認することができる。しかし、原審及び当審における検証の結果によれば、この推測は必ずしも的中していたとは考えられないこと及び本件土地付近のもつ前記のようなかけがいのない諸価値ないしはそのすぐれた環境ができるかぎり自然のままで、長く将来にわたり保全さるべきことにかんがみれば、暴風による倒木の可能性(これに伴なう交通障害の可能性)、樹勢の衰うえの可能性というようなことがらは、本件事業計画が土地の利用上適正かつ合理的なものと認められるべきかどうかの判断にあたつては本来過重に評価すべきものではなかつたというべきである。従つて、本件土地付近の現状変更につき自然公園審議会の答申に基づく厚生大臣の承認があつたということだけでは、本件事業認定に関する控訴人建設大臣の裁量判断になんらの過誤がなかつたものとすることはできない。
6 以上1ないし5の判断を総合していえば、本件事業計画をもつて、土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものと認めらるべきであるとする控訴人建設大臣の判断は、この判断にあたつて、本件土地付近のもつかけがいのない文化的諸価値ないしは環境の保全という本来最も重視すべきことがらを不当、安易に軽視し、その結果右保全の要請と自動車道路の整備拡充の必要性とをいかにして調和させるべきかの手段、方法の探究において、当然尽すべき考慮を尽さず(1ないし3)、また、この点の判断につき、オリンピックの開催に伴なう自動車交通量増加の予想という、本来考慮に容れるべきでない事項を考慮に容れ(4)、かつ、暴風による倒木(これによる交通障害)の可能性および樹勢の衰えの可能性という、本来過大に評価すべきでないことがらを過重に評価した(5)点で、その裁量判断の方法ないし過程に過誤があり、これらの過誤がなく、これらの諸点につき正しい判断がなされたとすれば、控訴人建設大臣の判断は異なつた結論に到達する可能性があつたものと認められる。してみれば、本件事業計画をもつて土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものと認めらるべきであるとする控訴人建設大臣の判断は、その裁量判断の方法ないし過程に過誤があるものとして、違法なものと認めざるをえない。
四以上のとおり、控訴人建設大臣のした本件事業認定は土地収用法二〇条三号の要件をみたしていないという違法があるというべきであるから、被控訴人主張のその余の違法事由についてさらに立ち入つて判断するまでもなく、すでにこの点において本件事業認定処分は取消を免れない。
そうして、前記二において述べたとおり、一連の手続をなす土地収用手続における先行の処分である本件事業認定が、前記のとおり違法であつて取消さるべきである以上、後続の処分である本件土地細目の公告及び収用裁決は当然に違法であつて、これまた取消を免れない。
第三結び
叙上のとおり、本件各処分の取り消しを求める被控訴人の本訴請求はすべて理由があるから、これらを認容した原判決は相当であつて、本件各控訴はいずれも理由がない。よつて民訴法三八四条、九五条、九三条、八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。
(白石健三 杉山孝 川上泉)
別紙(一)、(二)<省略>